さかにわ しょうご
1950年1月20日生まれ
「唄のじょうずな祖母に背負われて育った」が音楽好きになったモト。幼い頃は、いつもポケットにハモニカを入れ持ち歩いていた。
1965年、高校入学。京都会館第二ホールで行われた『第一回 TAKE IVY キャンペーン(VAN JACKET主催)』に出演していた「ドゥディ・ランブラーズ」が唄ったアメリカン・フォークソングに魅了される。
また、高校ではブラスバンド部に入り、高校吹奏楽の中ではトップの指導者であった先生からリズム、和声と音楽の基礎をたたき込まれる。サックスを担当していたが、本当にやりたかったのはベンチャーズを聴いて衝撃を受けたドラムスで、先生に見つからないよう密かに練習していた。高校のブラスバンド部の先輩にアメリカン・フォークソングのバンド「ソリタリー・シンガース」に誘われ、初めてギターを手にする。
京都産業大学に入学し、城田じゅんじと出逢う。
1969年
「シューベルツ」の弟バンドとして結成された「マヨネーズ」に参加。
1970年
東芝EMIより「男の子だから」でレコードデビュー。
1970年
「はしだのりひこ&クライマックス」に参加。きたやまおさむ作詞の『花嫁』に曲をつけ、ミリオンセラーとなる。
1971年
同曲でNHK紅白に出場。
「クライマックス」解散後、真面目に大学に行こうと決心するも、城田じゅんじに誘われ
1973年
「高石ともや&ザ・ナターシャーセブン」に参加。解散までの10年間勤務。
1984年
「笠木透とフォークス」に参加。本格的に作曲に取り組みフォークス時代に88曲をつくる。
1992年
「SAM」を結成。
この時期から、宮崎勝之、「ウェバリー・ブラザース」(中川イサト、高田渡、坂庭)などさまざまなミュージシャンとのセッションを開始する。
1996年
『VINTAGE VOICE』(R.H.Y ) に参加。
1997年
『VINTAGE VOICE 2』に参加。
きたやまおさむ作詞の『さよなら、青春』東芝日曜劇場「理想の上司」の主題歌に取り上げられる。初のソロアルバム『ぼくの古いギター』、城田じゅんじとのデュオアルバム『力をあわせて』を発表。
1998年
17年振りに「高石ともや&ザ・ナターシャー・セブン」再会。毎年夏の宵々山コンサート、年に1回のコンサートツアーを再開。
1999年
デビュー30周年を記念したコンサートを京都、東京でひらく。これを機に Shogo BRAND.、Palm StringsRecords を立ち上げ、本格的なソロ活動を開始する。
2枚めのソロアルバム『別れのうた』、デビュー30周年記念のライブアルバム『LIVE この想い』、宮崎勝之とのデュオアルバム『Battle One』を相次いで発表。
12月、桂枝雀師匠の追悼番組「夢のようなうつつのような」(NHK総合TV)の挿入歌に『この想い』ほか4曲が取り上げられる。
京都・都雅都雅で「八時間耐久ライブ」を始める。
2000年
50才を記念して、城田じゅんじとのライブツアービデオ『fifty-fifty Live』を発表。
2001年
城田じゅんじとのアルバム『Chikara wo Awasere vol.2』を発表。
2002年
1月NHK大阪ホール落成記念「上方演芸ホール 〜桂枝雀一門会〜」にゲスト出演「この想い」を唄う。3枚めのソロアルバム『Hobo's Lullaby』を発表。
2003年
映画『タカダワタル的』のためのライブに出演。宮崎勝之とのアルバム『Battle Two』を発表。
坂庭省悟は、2003年12月15日、私たちの手の届かない処へ旅立っていきました。坂庭の唄を、演奏を、そして坂庭省悟という人を愛し、支えてくださったすべてのみなさまにお礼を申し上げます。ありがとうございました。
みなさまの心の内で、坂庭省悟がいつまでも唄いつづけられますように。

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